情報戦と恐怖心
週末の東日本巨大地震発生から数日経過したが、依然として計画停電や原発を巡って情報が交錯し被災地の混乱した様子が一日中報道されている。しかし原発はモノがモノだけにどう捉えたらよいのだろう?長い間原子力をエネルギー政策の柱に置き、その利用を享受してきた歴史の帰結という表現もあるが問題自体が大き過ぎて一言で表現するのは難しい。
放射性物質放出に絡む、無数にある不安情報やコメントを真に受けて恐怖心から外出も控えているのだろうが街に出てみれば心なしか人も少ない。SSではガソリンありませんの札が並び、コンビニやスーパーでは保存の利く食品や生活必需品が見事に棚から消えたままの一方で、生鮮物が大量に買い手の付かない様子は何時もの通りだなとつくづく。
こんな行動は日本人独特だろうと思ったが、動けるうちがチャンスとばかりに、早々に日本を発った外国人の知人も多数。おそらくではあるが、仏大使館あたりの影響が大と思うがまあ国土の広さを考えるとあながち笑えない部分もある。しかし大使館関係は兎に角ネットワークというか流石いろいろ長けているなと。
しかしこんな未曾有の事態でも、義援金詐欺とか何れデッドストックになる生活用品などに法外な値札を付ける商売が横行するなど何時も通りの商機と捉える輩が居るのはほんとうに情けない。おそらく今後出て来るのはバイアグラよろしく「ヨウ素剤」の類だろう。経済停滞の長期化が言われる一方、こんな部分の経済活性は国難を如実に物語る。